科学技術イノベーション政策を展開する際、我が国に固有の「真の課題」を把握すべきことは言を俟たない。「真の課題」とは、様々な価値基準に照らしインパクトの大きな、社会にとっての本質的課題のことである。特に、我が国の社会・経済に関する課題の把握に対しては、従来より、我が国の社会・経済に関する分析が十分になされているとは言えず、政策の戦略的・効率的展開を著しく損ねてきた。
係る分析を行うためには、未来予測(フォーサイト)の実践や理論におけるこれまでの蓄積を十分に活用し、未来社会に対する潮流(ビジョン)分析と危機分析に加え、社会経済の発展に潜む「ワイルドカード」(地雷)の探索を実施し、社会経済的課題の実態的把握を行っていくことが重要となってきている。
ワイルドカードとは、「発生する可能性は低いと認識される(low perceived probability)が、非常に大きなインパクト(high impact)をただちにもたらすような事象」を指すための言葉である。そのような事象は、深刻であり、破壊的であり、大惨事(カタストロフィ)をもたらす。ワイルドカードは、不連続(discontinuities)、驚き(surprises)、分岐(bifurcations)、構造の急変(structural breaks)、破滅的事象(disruptive events)といった言葉でも表わされる。あるトレンドの進展において、大きなインパクトを与え、ターニングポイントとなることの多い出来事であり、2011年3月11日の福島第一原子力発電所の苛酷事故、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件、1989年11月のベルリンの壁の崩壊等がその例である。
本調査では、まず、文献調査に基づき、「社会経済的課題の把握」と「ワイルドカード」についての概念整理を行うとともに、後者の検討がいかに前者に役立つのかを検討した。
次に、「社会全体に由来する課題類型」、「自然現象に由来する課題類型」、「国際関係に由来する課題類型」の3つの課題類型に分けて、文献調査や専門家へのヒアリングを実施し、「ワイルドカード」による社会経済的課題の検討を進めた。
最後に、文献調査の内容や3つの課題類型における検討を踏まえ、日本の政策過程において、ワイルドカードを通じた社会経済的課題の把握や、本報告書で得られた知見をどのように活かすことができるかを検討している。
※本調査は、一般財団法人新技術振興渡辺記念会の委託研究として実施したものです。